2004-06-03-Thursday
<講義 限="1" 講義名="交通論" 担当="齊藤実">
<日付 曜日="木">6/3日付>
<小テスト>あり.質問(10分間) 問1 (記事2列目2段落目) アメリカエアラインはどのような航空会社と提携していますか(解答 JAL , Cathay Pacific) ? また、その提携をなんと呼びますか(解答 One world Alliance)? 問2 (3列目) ターミナル4とは何か? 簡単に論じなさい。 解答 - アメリカン専用、ハブ空港、インターネットカフェ 問3 (後ろから3列目 - Third service award inf row)アメリカエアラインのサービスはどのような形で評価されていますか? 解答 - 接客を検証する。五ッ星をとっている。 アメリカではテロによる需要減をうけて倒産する航空会社が相次いだ。サービスの差別化に必死。小テスト>
<配布プリント枚数>0配布プリント枚数>
<連絡事項>ビデオを見た連絡事項>
講義>
■ビデオ - 「自動車と日本人」 北岡伸一(立教大学教授 → 東京大学 → 国連大使?)
- 1898年 - 最初の自動車が日本に来たとする説がある。
- 明治末期、自動車の数は100台に満たなかった。
- 1914年 - 第一次世界大戦で自動車は大きな役割を果たした → シベリア出兵
- 1923年 - 関東大震災の復旧にヘンリーフォードの自動車を輸入した。バスなど → タクシー
- 1926年? - フォード、GMの工場が日本に設立
- 1933年? - 満州事変で大量の自動車を使用(フォード車、日本の車は役に立たなかった)
- 1936年? - 自動車製造は許可制度に
- 日中戦争
- 戦争の長期化で市民の足としての自動車は衰退
- 太平洋戦争、日本は十分な自動車を供給できなかった。
- マレー半島を自動車で南下した。
- 日本は広大な中国大陸を徒歩で戦争した。
- キャデラック、フォードなどのアメ車は品質が良い。
- 吉田茂はアメリカ車の導入に賛成した。
- 1949年 - 米国戦車バスに早がわり
- ノックダウン方式から脱皮した。
- 1960年代になると高速道路が相次いで建設、モータリゼーションの進展、通産省の反対
- 自動車は1960年代後半になるとトラックの生産台数を超える。
- 1972年 - 排気ガス規制法
- 1970年代末 - 貿易摩擦(自動車輸出の自主規制)
- 鶴見にフォードの工場があった。
- マツダ、すばる(富士重工)、4WDなどは好調。三菱だけは不調。